林望

作家・国文学者

プロフィール

1949年東京生まれ。
慶應義塾大学文学部卒、同大学院博士課程満期退学(国文学専攻)。
元東京藝術大学助教授。
専門は日本書誌学・国文学。
1984年から87年にかけて、日本古典籍の書誌学的調査研究のためイギリスに滞在。
『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』(P.コーニツキと共著、ケンブリッジ大学出版)で92年国際交流奨励賞。
また、『イギリスはおいしい』(平凡社・文春文庫)で91年日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。
『イギリスは愉快だ』(平凡社・文春文庫)、『ホルムヘッドの謎』(文芸春秋)と並ぶイギリス三部作によって、イギリスブームの火付け役となった。
『林望のイギリス観察辞典』(平凡社)で93年講談社エッセイ賞を受賞。
学術論文、エッセイ、小説の他、歌曲の詩作、能作・能評論、自動車、古典文学等著書多数。
また勝又晃、田代和久氏に師事して声楽を学び、バリトン歌手としても多くの舞台を踏むほか、
「重唱林組」「The Golden Slumbers」を主宰して内外の重唱曲を演奏、バスパートを担当。
源氏オペラ『MABOROSI』(二宮玲子作曲)を作劇したほか、合唱組曲『夢の意味』『鎮魂の賦』等(上田真樹作曲)、
組歌曲『悲歌集』等(野平一郎作曲)、歌曲『あんこまパン』歌曲集『ゆけ、わが想い』等(伊藤康英作曲)、
歌曲集『追憶三唱』(深見麻悠子作曲)を始めとして、多くの歌曲・合唱曲の作詩でも知られる。
若い頃より津村禮次郎師について能楽の実技を学び、新作能『仲麻呂』『黄金桜』等を創作。
また観世流二十六世宗家観世清和師の作能にて『聖パウロの回心』を作劇。『謹訳源氏物語』全十巻(祥伝社)で2013年毎日出版文化賞特別賞受賞。
19年『(改訂新修)謹訳源氏物語』(祥伝社文庫)全十巻。
ほかに、『往生の物語』(集英社新書)、『恋の歌、恋の物語』(岩波ジュニア新書)、『源氏物語の楽しみかた』(祥伝社新書)等古典の評解書を多く執筆。
『旬菜膳語』(岩波書店・文春文庫)、『リンボウ先生のうふふ枕草子』(祥伝社)、詩集『夕暮れ巴水』(木版画川瀬巴水、講談社)、
『巴水の日本憧憬』(木版画川瀬巴水、河出書房新社)、詩集『新海潮音』(駿台曜曜社)、句集『しのびねしふ』(祥伝社)、
『謹訳平家物語』全四巻(祥伝社)、『謹訳世阿弥能楽集』(檜書店)、『謹訳徒然草』(祥伝社)等多数。

講義一覧


『源氏物語』紫上の死…紫式部が描くもっとも幸せな最期

『源氏物語』を味わう(8)最愛の人・紫上に対する鎮魂歌

光源氏の正室・女三の宮は、頭中将の息子・柏木とのあいだに不義の子を産むことになる。源氏は女三の宮を女として顧みることなく、ここでも紫上は最終的に救われる。やがて死を迎える紫上だが、何の苦しみもなく、源氏をはじめ愛する人たちに囲まれて死んでいく。こんな幸せな死に方をした女性は、他には出てこない。紫上の死後、源氏は腑抜けになってしまうのだが、このこともこれ以上ない紫上に対する鎮魂歌である。(全8話中第8話)


光源氏の最愛の人・紫上、幸不幸が反転する激動の後半生

『源氏物語』を味わう(7)光源氏の裏切りと紫上の救済

光源氏の最愛の人だった紫上の一生は、幸福と不幸があざなえる縄のようにやって来るものだった。10歳で源氏のもとへ連れてこられたが、手厚くかわいがられて育った。源氏が明石の君とのあいだに子どもをなしたのは紫上にとって裏切りではあったが、源氏にとっては、そのことが逆に紫上こそ一番愛すべき人だと確認することにつながるのである。(全8回中第7話)


「夕顔の夢よ、もう一度」ユーモア物語「末摘花」の面白さ

『源氏物語』を味わう(6)ユーモア物語としての「末摘花」

『源氏物語』には「もののあはれ」を感じる場面だけでなく、爆笑また爆笑といった場面もあちこちに出てくる。常陸宮の姫君である「末摘花」の話もその一つである。ボロ屋敷に忍び込み、末摘花の仲を結んだ光源氏が翌朝、彼女の容貌をうかがおうと必死に横目で見て驚く場面には、誰もが大きな笑みをこぼしたのではないだろうか。ただし、そこで物語は終わらない。この後、末摘花はどうなったのか。そこにはホロっとさせる語り口があり、そこも『源氏物語』の一つの特徴なのだ。(全8話中第6話)


『源氏物語』の名脇役・明石の入道の紅涙を絞る名場面とは

『源氏物語』を味わう(5)脇役の存在と「もののあはれ」

いい映画には名脇役の存在が欠かせないように、『源氏物語』にも味のある脇役がいろいろと出てくる。その一人が明石の入道だ。地方官だが、いずれ都で大きな権力を得たいと思っている彼は、そのために妻も娘も孫も都にいる光源氏のもとへ行かせ、自分は一人明石に残る。家族との別れの日の朝は、「もののあはれ」ともいえる、さりげないけれど名場面の一つである。(全8話中第5話)


「実事」とすら書かない、『源氏物語』に秘めた色恋の話

『源氏物語』を味わう(4)色恋とエロスの物語

『源氏物語』には、男と女のエロティックな色恋の場面があちこちに出てくる。そうした行為を昔の人は「実事」と表現したが、『源氏物語』にはそうした具体的なことすら書かれていない。男が女の閨に入れば、それは当たり前のことだからである。閨に入ったら、次は帰るところから始まる。その間を読者に想像させるところに深いエロティシズムがある。紫上との初夜では、翌朝「女が起きてこない」と書くことで、肉体的に結ばれたことを読者に分からせようとした。(全8話中第4話)


形容詞の表現がスゴイ!『源氏物語』が一流の文学たる所以

『源氏物語』を味わう(3)形容詞からの楽しみ方

『源氏物語』はストーリーだけでなく、文章にも微細な表現の妙がある。その一つが形容詞の使い方で、人物によって形容詞を使い分けている。さらに同じ光源氏でも、批判的な意味を込めたいときには使う形容詞を変えているのだ。そこで今回は「きよら」と「きよげ」という形容詞に注目し、その違いを謹訳と原文で読み解く。(全8話中第3話)


「千古不易の恋」を描いた光源氏と女性たちの『源氏物語』

『源氏物語』を味わう(2)光源氏をめぐる女性たちの物語

『源氏物語』の本質は、光源氏をめぐる女性たちの物語である。登場して間もなく物の怪に殺される夕顔、ボロボロの屋敷に住んでいる末摘花、最後まで一番好きだった紫上、あわよくばものにしようとしたライバルの娘・玉鬘など、さまざまな女性が出てくる。そこには恐ろしい物語もあれば、コミック的な物語、ホームドラマ的な物語もある。さまざまな面白みをもった面白さの多面体が『源氏物語』である。(全8回中第2話)


源氏物語の基礎知識…人物関係図でみる物語の流れと読み方

『源氏物語』を味わう(1)『源氏物語』を読むための基礎知識

『源氏物語』は光源氏と源氏の息子たちを中心に描いた70~80年におよぶ長い物語である。非常にボリュームがある上、原文は難解で大半の人は読むのが困難だ。それでも現代までこの物語が残ったのは、読めた人たちが面白いと思い、人に伝えたいと写本を作ったり、語り聞かせたりしてきたからである。そんな魅惑の書の読み方として、第1話では『源氏物語』の基礎知識をお伝えしていく。(全8話中第1話)